■研究誌102号 手話この魅力あることば 84
玉置敬子さんの手話表現
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玉置敬子さんは、和歌山県の片田舎の織物工場を営む家庭に生まれました。その時代背景もあるのでしょうが、玉置さんが幼少期を過ごしたこの地域は、障害者に対する差別がひどかったと話します。
母親もまた、世間の冷たい目と闘い、耐えてきたのでしょう。夏休み、盲聾唖学校の寄宿舎から帰ってくる玉置さんに、夜、人目がなくなってから帰るようにと言うのです。
そんな話をする玉置さんの表情は、いつもの穏やかな表情とは異なり本当に辛そうです。
しかし一方では「いちまさん(市松人形)のような聞こえない子がおって…」と、近所の方たちの思い出話に玉置さんは登場するのです。工場の従業員や近しい人たちには評判のかわいい子として大切にされていました。父親には溺愛されていましたが複雑な家庭環境もあり、「お父さん」と呼んだことはほとんどありませんでした。母親が生存中は母親が一家を支え、母親亡きあとは、聞こえないお兄さんが家を守り実質の父親代わりとなり、玉置さんを支えてきたのです。